とっさの <パ*サ>

fidaythe132010-04-24

 パズ×サイトー(怪我を負ったサイトー)








何かから自分や他人を庇ったり守ったりする時、脳が反応するよりも早く体が先に動く。
生物が本能の一つとして持っている咄嗟の行動だからこそ制御することは出来ない。






身体だけではない。
無論言葉にもある。






本心が言動に現れた時に一番、本当の自分が垣間見えた気がするから。
その時をずっと待ち続けたいし、今も待っているある種の愉しみでもある。
待ち伏せしていても現れてくれるものではないけれど。



気づいたらそうなっていたというのが「衝動」で、当然のことながらそれは事の後で気づくもの。








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「大事に至らなくてよかったな。いや、充分ダメージは大きかったけど、顔色がよくてとりあえず安心したよ」
「わざわざ悪いな」
「いいんだよそんなこと。貫通してたんだってな、2発も。そんなもの喰らってよくやってたよサイトーは」
「さすがにこれで俺も死ぬのかと思ったぜ。何せお前ら全員が俺の顔覗きこんでたからな」
「走馬灯だと思ったか?」
「あの時は現実との境目がまったく分からなくなってたから、正直焦った」
「応急処置が遅れてたら相当危なかったらしい。今生きてる方が奇跡かもしれないぜ」
「まったくだ」
「パズも昨日、腕の交換済んでたよ。特に問題なかったらしい」
「そうか」









大げさに巻かれた左肩の包帯をなぞるように触ると、鋭い痛みが走った。
庇うように肩をねじると連鎖的に脇腹にも激痛が起こる。



「オイオイまだ動くなよ、俺たちは体交換できないんだぜ」


失笑しながらトグサが体を支えようとしてくれた。
自分が負った傷はまだ生々しいようだ。








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3日前の任務でパズとのツーマンセルだった。
サイトーは斜め後ろからバックアップをしていると、光学照準が2つパズの後頭部を捉えた。
咄嗟のことで未だにその時の記憶が曖昧だが、自分が庇うようにパズに覆いかぶさったらしい。
照準の根元を辿ろうと起きあがったところを、サイトーは左肩と左脇腹に被弾した。
退避しようとサイトーの体を引きずり起こしたパズを制止し、自身の銃器をそちらへと向け、構えた。
その間にパズも右腕に1発喰らった。
一瞬の後、サイトーが敵方に数発撃ち放った。
手ごたえがあったが、確認の為にパズに行くよう指示をした。
弾は正確に相手を捉えていた。スナイパーだった。しかしもう一人の姿はなかった。
その事実を受け止めると途端にサイトーはその場に倒れた。
そこからの記憶はない。
気がついたときは27時間後、病院のベッドの上。
部屋の壁も、扉も、カーテンも全てが白くて、天国とはこんなに無機質なところなのか、と思った。









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「少佐とバトーは昨日からまたあそこに行ってるよ。片づけるものがあるとか言ってたけど」
「…逃した残りの奴か」
「ああ多分な。でもサイトー、どうやら残りのそいつを仕留めてたらしいぞ」
「何故分かる」
「もっとも遺体が見つかってないから断言はできないんだが」
「肉片でも飛び散ってたか」
「それもあった。右腕ごと落ちてたよ。それに出血の跡が尋常じゃないんだ。どうやら体を引きずって逃げたらしい」










グロテスクな記憶を引きずりだしたせいか、トグサの眉間にしわが寄っている。








「きっと今頃、少佐たちが回収してるんじゃないか」
「この目で確認するまでは納得しないがな」
「そりゃあもちろん。お土産を楽しみにしていようぜ」





「夕方には課長とまた来るよ」と言い、トグサは部屋を出て行った。







自分が侵した失態がようやく把握できてきた。
この傷の深さがそれを物語っている。
更にはパズにまで銃弾を浴びさせ、バックアップとしても惨めな結果を残してしまった。






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その晩から脇腹の傷口が熱を帯び、痛みが激しく繰り返されたため微量の麻酔薬が投与されることになった。
心臓の鼓動と同じ間隔でやってくるその激痛からは何とか解放されたが、同時に意識が混濁し始めた。





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何か思い出そう、考えようとしても定まらない。
白い部屋に更にもやがかかったかのように見えた。
目を閉じて寝ている方が幾分楽になれる気がした。




たまに意識が戻ると、耳元で機械や何かの道具が動かされる音が聞こえた。
白衣を着た人間たちが傷口を覗きこんでいるのも見えた気がする。
ドアが開いたかと思うと、また白衣が入ってきたり、そうではない濃い色の服を着た人間も
何回かそこに立っていたようにも思える。次に見たときにはもういない。
しかしそれらはすべて途切れ途切れの記憶であり、繋がることはなかった。







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またドアから音がする。
そこから風が流れ込み、開いていた窓から生ぬるい風が入り込んできた。
視界に入って来たカーテンはもう白くはなく、橙色に染まっていた。
時間の感覚が全くないが夕刻らしい。
風によって大きく揺れると部屋の中もその色に変わったり戻ったりした。












瞼を持ち上げる力すら湧いてこない。
意識だけをそちらに向けると、誰かが自分の顔の横まで近寄って来た気配がする。
くぐもった声で呼びかけられた。
誰の声だったか思い出そうとするが、言葉を聞きとる方に意識が向いてしまう。
また混濁する。それの繰り返し。
地下のトンネルの中で声が反響して聞き取れない時のようだ。









それでも何度も、少し間をおいてからまた、繰り返し呼びかけてくる。
その人間が動くと空気も動き、頬をかすめるような感じがした。




誰だ。





耳の奥まで響くような、低い声。
聞き慣れているような気がするのに思い出せない。





誰なんだ。





瞼は接着剤でぴったりと貼りついたように開いてくれなかった。
無理矢理引きはがそうとすると頭痛が起こった。
ふいに視界が陰り、瞼の上にかすかな重みを感じた。
何が触れているかは分からなかった。
ただ、それが自分を深い眠りに落としたきっかけであることは、その時に確かに感じた。








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「昨夜大変だったな」
「あぁ。薬のおかげで何も覚えちゃいないがな」
「傷口の化膿と出血もしてたぜ。課長と来た時ちょうど人が慌ただしく出入りしてたから。 
 何かやばいことになったかと思って。焦ったよ。」
「もうこの体も持たないかもしれないな、義体にするか?」
「何弱気なこと言い出すんだ。らしくないな」
「言いたくもなる」
「それにはまだ早いって。良い話持ってきたんだ、考え直せよ」
「見つかったのか」
「ああ、予想通り出血多量死。もちろんサイトーの放った弾が直接的な致死原因だった。
 さらには足を踏み外したか体力が尽きたか、あの建物から転落して下の瓦礫に埋もれてたんで
 発見が遅れたらしい。見るも無残な姿だったよ」
「被弾の個所は」
「千切れた腕に1発、腹の中に2発入ってた」
「…そうか」
「納得いってないのか?負傷した体で2人を撃ち抜いたんだぜ。もっと自分を誉めてやるべきだと思うけどな」
「お前は自分を甘やかしすぎだぞ」
「そんなことないさ。旦那と組んでたら自分の不甲斐なさ感じる場面ばっかりだ」
「へぇ」
「あの状況下において、サイトーの腕は正確すぎるくらいだった。少佐がそう言ってたらしい」
「どうだかな」












ただでさえ人の数が少ない9課なのに。
負傷して、こんなに長い間使い物にならなくなっては元も子もない。
手放しで喜べるはずもなかった。
敵方を仕留められたことだけがせめてもの救いではあったが。
1日でも早く復帰したいと焦る気持ちばかりが日に日に膨らんでいった。










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傷がほぼ固まり、ようやくこの施設からも解放された。
歩くことを忘れてしまったかのような体も、しばらくすると感覚を取り戻してきた。
大量の処方薬と包帯類を手にぶら提げ病院を後にした。







退院日をトグサが確認しに来て、車で迎えに来ると言っていたが丁重に断った。
「なんだよ」と少し残念そうにしていた。
今日は休日だ。
仕事でもないのに来てもらってはさすがに気が引けた。









セーフハウスまでは近い。
歩けば30分とかからない距離だ。
なまった体を元に戻す為に歩いて帰ることにした。
しかし傷口がふさがったとはいえ、振動でまだ少し痛みが走る。
仕方なくいつもよりもずっとゆっくり歩いた。








道はどちらだったかなと辺りを見渡すと、前方に見覚えのある車が停まっていた。
外に出て、車に寄り掛かっている一人の男も知っている顔だ。






一瞬躊躇い、足が止まった。
しかし当然相手はこちらに気づいているはずだと思ったので、仕方なしに再び歩きはじめた。








パズの足元には踏みつぶされた煙草の吸殻が数本落ちていた。






「直々にお出迎えとは」
「有難く思いな」




面倒くさそうに言い放つと助手席のドアを開け、乗れと言わんばかりに無言で促した。















「ずいぶん長引いたな」
「まともに喰らったんだ、仕方ない」
「悪かった」
「別に謝る必要はないだろ。お互い様だ」










謝罪の言葉を並べたくなる気持ちも分からなくはない。
今回、あの状況下においての結果として、どちらか一方に責任があるわけではない。
俺のせいだ、お前のせいだと攻め立てることもない。
それは誰もが分かっていることだ。
こんなことは今までも幾度となくあり、これからも起こりうることなのだ。







だがパズはきっと自分以上に責任を感じている、ということも知っている。
パートナーの負傷というのはそういうものだ。











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「寄ってけよ。入院してたせいで酒なら腐るほど余ってる」
「飲んだら傷口からこぼれるぜ」
「かもな」







ドアを開けると、湿った生温かい空気が一面に漂っていたが、
自分の住処ほど落ち着くところはないのだなと改めて感じた。







部屋中の窓を開け外の空気を招き入れ、一気にほこり臭さが消えた。
もう何日もここを空けていたのだ。
その間のことを思い返し、思わずため息が漏れた。
散々病院のベッドの上で体を休ませていたつもりだったのが、かえって疲れてが溜まった気がした。







パズはまるで我が家に居るかのように、冷蔵庫からビール缶をすでに数本取り出そうとしていた。
この前大量に買ったビールはそんな銘柄だったかなと思いだしながら、ソファに座り頭をもたげた。








座り慣れた、さわり心地の良い自分だけのソファ。
ようやく落ち着いた。







しばらくすると煙草の匂いが漂ってくる。
お決まりの銘柄。
嫌というほど嗅ぎ慣れて、むしろ無いと違和感を覚えるくらいになっていた。
パズが煙を吐く時、どこか溜息のように聞こえた。
秒針の音が静まり返った部屋に響き渡る。
近くの公園から聞こえてくる子供の遊び声。
すべてが久々に感じ、懐かしく思えた。










「サイトー」













片目を開けると、パズはビール缶を一つこちらに渡そうとしている。
体を起こしそれに手を伸ばすと、ふいに何かの記憶が脳裏をかすめた。











「…そうか」
「何が」
「お前病院に来たな」












缶を渡す手と、受け取る手とが、空中で止まった。












「覚えてんのか」
「いや、はっきりとは。けどあれは、あの声はお前だったのか」









聞き慣れた声を忘れるなんて、どうかしてる。
あの時気付けなかったことがこんなにも悔やまれるなんて。
酷く損をした気分だ。










「名前を呼んでたな」
「さぁ。忘れた」










興味無いというような顔をして、パズはビールを喉に流し込んだ。






耳元で囁いた、低くてどこか物悲しげな声。
あの時の自分にはそれが鎮静剤となったみたいだ。














「あとは」
「あ?」
「それだけか、覚えてんのは」
「…呼ばれたことしか記憶には残ってないな」













その時のことはさすがにうろ覚えでしかない。
他に何かあったかなと考え込んでいると、パズは吸っていた煙草を灰皿に押しつぶし
サイトーが座っている方のソファへやって来た。










「再現してやろうか」









ニヤリと口の端を上げて見せると、両手でサイトーの頭を抱え込み、瞼にゆっくりと唇をおしあてた。










「お前が“眠り姫”に見えたんでな」
「お前が王子ってツラか」
「そっちは”王子”ってツラじゃないな」
「瀕死の怪我人に盛ってんじゃねぇよ」









互いに罵声を浴びせた後、深く強い口づけを何度も何度も交わした。










end



                                                                                      • -


完治してませんから、××は手加減してくれたと思います。