実感 <パ*サ>

fidaythe132010-04-05

パズ×サイトー(ウィルス感染し弱ったパズと、介抱するはめになったサイトー)







「おい、どこか悪いのか?」
















日が昇るより先に起き、バルコニーへ出て一服する。
パズの1日の始まりはいつも決まってそうだった。


寝起きの悪いサイトーは、キッチンからのコーヒーの匂いで大抵起こされる。
それでも目覚めない時は、パズ自らが乱暴に起こしに来る。


凝り固まった体をほぐそうとベッドの上で大きな伸びをすると、右手がつかえた。
そちらを見やるとパズが居た。






「なんだ、いつの間に…」







昨夜サイトーより先に寝ていたパズは、ソファの上に居たはずだった。
夕食は一緒に食べたがビールをひと缶開けただけで、その後は人形のように眠ってしまった。
何度か起こしたがまったく目を覚ますことはなかった。
不思議には思ったがサイトー自身もだいぶアルコールを入れていたので
眠気に勝てず深く考えることをやめ、パズをそのままにして眠ることにした。




いつ自分のベッドに潜り込んできたのか。全く気付づかなかった。
背中を丸め眉間にしわを寄せ、難しい顔で寝ている。
起きていても寝ていても同じ顔だなと思いながら時計を見やると、もう10時を回っていた。
いくらなんでもおかしいと思い、肩を強く揺さぶってみると、ゆっくりと切れ長な目が開かれた。
視線がさまよった後、ようやくこちらを見て小さく唸った。







「パズ」
「…………」
「どうした、どこか悪いのか」
「………痛ぇ」
「どこが」
「あたま…」
「どう痛むんだ?」






生身の自分ならともかく、義体のパズが言うなどきっと何か機械的な異常だ。
覇気の無い声に、何かに耐えるような歪んだ口元。







「メンテナンスしに行くか」
「……せっかくの休みにまで行きたかねぇよ」
「そんなこと言ってる場合か、おかしいぞそれ」







ふぅ と深く長い溜息をパズが吐きだす。
オールバックにしている髪の毛が乱れ、額にはらりと垂れてきている。
目にかかって鬱陶しそうだったので、掻きあげてやると手がパズの額に触れ、そこは明らかに熱を帯びていた。






義体が熱なんて出すのか?」
「…調節機能が壊れてんのかもな」
「壊れてるって…。やっぱり赤服に」
「いいって。大した影響ねぇ」
「そんなこと自分で判断するなよ」
「……放っとけ」
「人ん家でぶっ倒れておいて何言ってやがる」
「じゃあその辺に、捨ててこい…」
「可愛げないな。素直に助けを求めたらどうなんだ」







悪態は相変わらずだが、こんなに脆いパズを見るのは初めてだ。
それなりの扱いをしてやらねばと思った。
かといって義体相手にどんな手当てをしていいかは分からないが。





「とりあえず服着替えろ。汗も酷いし、そんな暑苦しいもの脱げ」





白シャツとスラックスパンツのままだったが、そのまま寝たせいで酷くシワだらけになっている。
高級スーツが台無しだ。






「おい、寝るな、脱げって」
「……剥げ」






喋るのも億劫な様子でやっと発した言葉が命令形とはとことん可愛くない奴だ。
声には出さず、頭の中でつぶやいた。
ついでに汗を拭いてやろうと水で濡らしたタオルを用意し、シャツのボタンをすべて外し、
上体を起こし支えながらそれを剥ぎ取った。体が随分と火照っている。





<あとで赤服に連絡をとってみるか>頭の片隅で思った。









額に濡れたタオルを置いてやるとパズはそれを掴み、手に握った。



「おい」
「……こっちのが、いいんだ」




消え入りそうな声だ。
手を触るとそちらも同じくらい熱かった。
仕方なくもう一つタオルを濡らし、今度こそ額に乗せた。
時折瞼がぴくっと痙攣する。眉間のしわも深いままだ。
苦しいのか、唸るように身をよじったりもした。
























.








「バトーが?」



今日は休日だったが、連絡をとってみると赤服たちが出てきていた。
パズのことを話すと「バトーと同じ症状だな」と言った。驚いた様子はなかった。
バトーもどうやら高熱を訴え、自らの足でメンテナンスに来ているらしい。




調べたところ昨日の任務で脳内に、時間差で発症するウィルスがまぎれ込んだとのことだった。
それが悪さをして義体の機能を一時的に狂わせているそうだ。
とくに悪質ではなく、プログラムワクチンを組み込めばすぐにでも解消できるレベルだからといい、
今からこちらに転送してくれるということになった。





最悪放っておいても影響は出なかっただろうとの見解だったが、
原因がわかってひとまず安心した。











「おいパズ、原因がわかったぞ。“薬”流し込むめばすぐに引くらしい」



ワクチンはすぐに届いた。
これを有線でパズの首から入力すれば問題は解決だった。


しかしパズはそれを拒否した。
右手で首の後ろを押さえ、コードを持って近づいたサイトーの手を払いのけた。









「薬が嫌いなガキじゃあるまいし」
「……放っといても消えるんだ…、必要ねぇよ」
「無駄に苦しむ必要があるか。レベルが低いとはいえ万一影響が出ないとも限らないだろう」
「……いいから、余計なことするな」
「理由を言え」







せっかくの休日を潰された挙句、いつまでも苦しむ姿を見ていたくないのは当然だ。
くだらない理由なら、無理矢理コードをぶっ刺してやろうと思っていた。
今なら義体のパズにも力で勝てそうな気がしたからだ。
だが一向に答えようとはしない。
肩で荒く息をしながらこちらを睨んでいる時間が続いた。






いい加減じれったくなり、首に手をかけようとした時。




「………確かに、くだらない理由かもな」
「だから言えよ。その理由を」
「…お前、馬鹿にするよきっと…」




パズは自分の言葉に鼻で笑った。




「しないから。言え」





サイトーは持っていたコードの手をシーツの上に一旦落とし、額のタオルを乗せ直した。
拗ねた子供をあやすかのように、乱れた髪の毛を撫でるよう整えてやった。
パズは、まるで猫が愛撫されているかのようにそれを味わいゆっくりと細い目を閉じた。
気持ちよさそうだった。
手を止めると薄目を開け、惜しんでいるかのようにこちらを見やる。
しばらくその動作を繰り返しているとまた、うとうととし始め、やがてゆっくりと肩で息をし始めた。
もう眉間にしわは寄っていなかった。



彼の頭から手を離し寝入ったことを確認すると、ゆっくりと首にコードを差し込んだ。










.








気づくと日がだいぶ傾いてきた。
本を読んでいた目が疲れると思ったら、部屋の中が黄昏色に染まっていた。
休日に一気に読み切るつもりで溜めていた本を何冊か読み終え、パタリと閉じた。
眼鏡をはずし、目頭をつまんだ。




あれから3時間ほど経っていた。
プログラムワクチンがすぐ効きだすとは言っていたが、パズはそれからも眠り続けた。
熱はすぐに引いたので、本人も苦しくはないはずだろうと思い、しばらく放っておくことにした。




寝室へ覗きに行くと、ベッドの上は布団が抜け殻のような状態になっていた。
バルコニーの窓が開いており、カーテンがばさばさと揺れていたのでそこへ足を向けた。







「……呆れたな」






パズは煙草を片手に、ビールを飲みながら街の景色を眺めていた。
サイトーの声に振り向くことなく、夕陽の逆光となったシルエットが飲み干す動作をしていた。
まるで何事もなかったかのようだ。






「起きたなら、声くらいかけろよ。誰が介抱してやったと思ってんだ」
「本にかじり付いてたんで、邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「嫌みのつもりか」





隣に並び、真っ紅に染まった夕陽を全身に浴びた。
何だか長い1日のように思えた。
胸ポケットから煙草をつまみだしくわえると、パズが横からジッポを差し出した。
今日吸うのはこれが初めてだったなと思いながら、宙に長い煙を吐き出すと、
その煙は風に流れて背後にある寝室に全部入って行った。






「もういいのか」
「おかげさんで」






ぶっきらぼうに受け答えする。
パズも新しい煙草を取り出し火を灯した。






「何ですぐワクチン入れなかったんだ」
「さぁ、なんでかねぇ」
「すっとボケる気か」
「でも楽しんだだろ」
「楽しいことがあるか。手間かけさせやがって」
「…そうだな」







妙に素直で肩透かしを食らったが、ふざけているわけでもなさそうだ。
しばらくの間横顔を眺めていると、応えるようにパズもこちらを見やった。
煙草を口にくわえたまま空いたビール缶を手にし、反対の腕をサイトーの首の後ろにあてがい、
コードのさし口を指でいじった。







「お前もな、ウィルスに侵されりゃ分かるさ」
「悪いが俺はお前みたいなドジは踏まないんだ」
「可愛くねぇ野郎だな」






パズはにやりと笑いそのまま肩に手をまわしてきて、共に部屋へと入った。






「飲み直すか」
「だな」







end







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パズはきっとサイトーに甘えたかったんだと思いますw
いつもは素直に甘えられないので、苦痛と引き換えにサイトーを独り占め
熱なんてきっと懐かしい感覚でもあったと思うし、生きてるって感じたのかも