全ては君のために <パ*サ>

fidaythe132010-04-27

 パズ×サイトー(無防備なサイトーに翻弄されるパズさん)
 *R-15*
















 
「出来たぞ」
「ん」








茹で上がったパスタを四角い皿にうず高く盛り付け、彩りの良い数種類の野菜とソースを上からかける。
具材を買い忘れた分、いつもより寂しい見た目になってしまったが、
そんなパズの小さな心配などに気付くこともなく、目をつぶり合掌のポーズをとり、
大口を開けて次々とそれをフォークで巻き取っては運びいれていく。
パズは片手でビール缶のプルトップをプシュと開け、その様子をしばらく眺めていた。








「ついてるぞ」
「つけてんだよ」









サイトーの口の端に飛び散ったソースがついていたので、人さし指ですくい取って舐めた。
鬱陶しそうに悪態をついても、顔はこちらに向けて応じた。
あれさえ買い忘れなければもっといい味が出たのにな、とパズは舌の上で微量のソースを転がしながら思った。







あっという間にたいらげたサイトーはフォークを置き、再び両手を目の前で合わせた。
言葉を発しようと口を開いた時、パズの皿がまだ手をつけられていないことに気づき皿から彼へと目線を上げた。









「冷めるぞ。美味いのに」







まるで、自分がせっかくこしらえた料理なのに、と言わんばかりの口調だ。
正面から人を誉めないくせに、自分の気付かないところで本音がぽろりとこぼれるような男なのだ。











「食えよ。足りないだろう?」
「いいのか」
「お前の食ってる姿が好きなんだ。美味そうに食ってくれて、こっちまで腹が膨れる」
「なんだそれ。貰うぞ」












照れ隠しからか鼻で笑い、小首を傾げながらまだ湯気が立ち上る皿を引き寄せ
勢いが変わることなくまた食べ始めた。
静かな顔をしながらも豪快に頬張るその様は、繊細とは言えないが上品に見えるから不思議だ。
サイトーが元々持っている気質のせいだろう。












コーヒーの豆が切れていたのでいつもの店へ買いに行くと、そこの主が
「パートナーの方が苦いのが苦手だと仰ってましたよね。ちょうどいい豆が入ったところです」と言い
元々渋みが薄いという品種の物を持ってきた。
コクはあるのに苦さがほとんどなく、パズとしては若干の物足りなさを感じたが
あの男にはきっと丁度いいのだろうと思いそれを購入してみることにした。











いざ家でその豆をひいてみるとやたら甘い匂いに感じ、思わず飲む気が失せそうになった。
ゆっくりと、じれったいくらいの時間を待ちながら湯を注ぐ。
熱いのが苦手なサイトーのために湯の温度はそんなに高くはしない。












「ほら」
「悪いな」













きれいなまでに片づけられた二つの皿を下げ、代わりにコーヒーのマグを差し出す。
サイトーは反射的に軽く口で笑みをつくり礼を言い、差し出されたそれに手をかけた。
それでもまだ熱かったのだろう。
眉間にしわを寄せつつ音を立ててすすり飲んだ。
満足そうに息を吐きながら、少し目を閉じて余韻を楽しんでいた。













体を前のめりにして、頬杖をついてようやくこちらを見た。
今日初めてといっていい。
パズは腕組をし、煙草をくわえたままサイトーの様子を終始眺め見下していた。












食べる前にシャワーを浴びており、その間料理をしていたパズに向かって
「何か服かせ」と言ってきたので、適当にその辺の物を使えと促した。
結果、まだ一度も袖を通していない買ったばかりのセーターをこの男は着ていた。
薄いグレーで、編み込まれた目が大きくふわふわとした雰囲気の物だ。
サイズは当然合っておらず、袖が若干長い。
頬杖をついている右手の袖が幾度かまくられていた。
食べるときに汚さないようにとでも気を使ったのだろう。
少し擦れれば毛羽立ちそうな衣類だ。















以前も似たような服を持っていたことがあった。
肌に触れた心地がよかったので割と丁寧に着ていたが
サイトーと関係を持ち体を寄せ合うようになってから、急激にそれが傷みだした。










冬の寒い部屋の中。
パズがそのセーターを着ている時、身近なところで暖を取ろうとしたサイトーがそこに顔をうずめたのがきっかけだった。
まるで猫がまたたびにやられてしまたったかのように、彼はそれの虜になった。
そのまま眠ってしまうことも少なくなかった。
だがきっとサイトー自身はその中毒性に気づいていなかっただろう。












「それはお前が着る為に在るんじゃねぇ」とよほど言ってやりたかったが、
わざわざそれを説明するのも惨めな気がした。
くだらない小さな嫉妬にすぎない。
どうせサイトーは失笑して終わりだろう。












煙草を吸い終わる頃、サイトーもまたコーヒーを飲み終えた。
ガタと席を立ちマグをこちらへと運んできた。











「俺にも一本くれ」










パズの胸ポケットから煙草をつまみ取り、顎を突き出し火を催促した。
ライターを近づけると同時にサイトーは目を瞑りまつ毛を微かに震わせながら、息を吸った。
葉がジジと赤く染まると顔をそむけ煙を吐き出した。
両腕をシンクに落とし体重を預け、部屋の遠くを眺めているようだ。










首をコキッと鳴らしたり、首のコードのさし口がある辺りをさすったり。
その手を下ろすと袖をまくっていたことを思い出し、それを正したりした。
袖の長さを確認するかのようにしばらくそこを見つめてから「んー」と唸り声を洩らした。
落ち着かない様子がうかがえる。














「やっぱりお前が着る服だなこれは」











サイトーはそう言うと、まだ半分くらいしか吸っていない煙草を灰皿へと押し付け
クロゼットの方へと歩き出しながらセーターを雑に脱いだ。













「別の服かしてくれ」





















今日作ろうとしていたパスタの具材が足りていなかったことも
コーヒーの豆が変わったことも、どうせ気づいちゃいないんだろ。







湯の温度に気を使っていることも知らないくせに、熱くしたのならきっと文句を言うのだろう。






いつも俺の皿の飯がお前のより量が少ないことも、
この家に2つしかマグが存在しないことも、
着る服の素材まで選ぶようになったことも。








気づいてないんだろう。
お前はそういう男だ。








お前自身の知らないところで、本心が漏れていることも、
それに俺がどれだけ振り回されて心を掻きまわされているかということも、一喜一憂していることにも。










気づいてないだろうな。
気づくなよ。
これは俺だけの密かな楽しみなんだ。
それを奪ってくれるな。











「これいいか、借りて」



上半身裸のまま振り返り、サイトーはクロゼットから掴んだ服を上にあげて見せた。
返事はせず代わりにそちらへと近づいて行った。



「どうせすぐ脱ぐだろ」
しゃがんでいるサイトーを見降ろしながら、口の端を上げて言った。





「“脱がす“の間違いじゃねぇのか」
しれっと言い放ち、手に持っていたそれを頭からかぶった。



「とんだ殺し文句だな」





かぶったばかりの服をパズはすぐに脱がし、その場へと押し倒した。
サイトーは咄嗟に両肘で体を支え、重たい彼の体に押しつぶされまいと耐えた。
ゆっくりと味わうような長い口づけを交わし、引きしまった体をなぞる様にパズは愛撫した。
肌にサラリと触るパズの白いシャツに、サイトーは目を落とした。








「抱かれ心地が悪そうだな」
「抱くのは服じゃねぇよ」
「そうだけど。そういう意味じゃない」





これから美味しく頂こうという時に面倒くさいなと思いつつも、
パズは動きを止め怪訝そうにそちらを睨んだ。









「さっきあの服を着た時に、フラッシュバックみたいなことが起きたんだ」
「どういう意味だ」
「お前に抱きつかれてるような感覚だよ、笑えるだろ」







珍しく肩を揺らしながらサイトーは笑った。






<またコイツは、よくも平然とそんなことが言えるもんだな…>






笑いながら伏し目がちになるサイトーの癖を眺め、パズの感情は一層高まった。
無意識下の仕草ほど無防備に感じるものはなかったからだ。







「服の肌触りだけでイっちまったか」
「…もっと品のいい表現できねぇのか、お前は」
「“俺を感じてくれたのか?”」
「あぁ、いいなそれ」







ぴったりだ、とでも言うように目を丸く見開いて口の端をにやりと上げ、
再開するかのように二人同時に唇を大きく求めた。










end






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ああ、これイラストに描きたい……